英語のお勉強 アーカイブ - 航空用品専門店 FLYING GIFT SHOP

フライトシム寄り? 実践経験寄り?

晴れた日、水平直線飛行中の基本視線は外です 計器は偶に覗く程度 私は 実践経験寄りで有りたいとイメージトレーニングにフライトシムを使います 使用している動画では 最重要唯一の計器と説明してますが 速度計の方が重要です。

 

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隣の席のお姉様

今回のブログは アメリカでの第一声  の続きです。

 ウェスタン・エアラインズのチェックイン・カウンター で場所を聞き いざユナイテッド・エアラインズへ。

しかし これが実に遠かった。

 生活必需品と教科書等の本が一杯詰まった異常に重いフルサイズのボストンバッグをゴロゴロと引きずりながら、ユナイテッド・エアラインズのサインを探し々し、1キロくらい歩いた。(と思う。)

(前回にも書いたけど、ロサンゼルス空港内には無料の巡回バスがクルクルと走り回っていて トランジットの時にはこのバスでエアライン間を移動する でもそのときの僕はそんなこと、な~んにも知らなかった)

ようやくユナイテッドを見つけて、チェックインの為にラインに並ぶ。

そして自分の番になりカウンターのお姉様にチケットとパスポートを渡すと、

『このチケットは、ウェスタン航空のチケットですよ。』と優しく微笑みながらチケットをお返し下さった。

『えっ?!』

『だって、ここにユナイテッド・エアラインズって書いてあるよ。』

『いえいえ、このチケットはユナイテッド・エアラインズで購入されたウェスタン・エアラインズのチケットです。』

『が~ん』

ウェスタン・エアラインズって あ~た、さっき『アメリカはどこ?』って聞いて 大恥かいたところじゃん!

と、また大恥をかきにさっき来た長い道のりを これまた例の異常に重いボストンバッグを引きずりながら、ロサンゼルスの乾いた空気の中をとぼとぼと引き返した。

ギロチンの斬首台へ向かう罪人の気持ちはたぶん、こんなんだったろうなと考えながら。

その時の心境を今思い返してもゾッとする。(僕の人生、ゾッとすることが多すぎる…)

で、僕の処刑所のウェスタン・エアラインズへ到着。

が、しかし、あの高笑いお姉様達の姿は見えず代わりに品の良い銀髪のおばさまがいた。

ホッと胸をなで下ろし すんなりとチェックインしてゲートへ向かった。

 その後、僕を乗せたボーイング-737はサンフランシスコへ向けて時間通りに動き出した。

タクシング中、フライト・アテンダントの機内アナウンスとシートベルトの締め方、酸素マスクの付け方、万一の場合の救命胴衣の着用の仕方のデモンストレーションが始まった。

彼女のアナウンスはとっても早口で何をいっているのか、さっぱりわかりません。

 ベルトのバックルをカチッと締めて…と言っているであろう辺りで バックルを『バコー』、『バコー』と発音していたのを思い出す。

 そうこうしているうちに機は滑走路脇へ….(とはいってもゲートから滑走路まで20分くらいガタゴトとタクシング。さすがロサンゼルス空港はでかいのだ!)

スッチー(死語?)が

『ただ今より離陸します。』

とかなんとか言ったんだと思う、そしたら隣に座っていた黒人のお姉様がこちらを向いて

『What did she say?(なんて言ったの?)』

と必死の形相。

あの~ あんな早口でまくし立てられたら、わかりません。
それよりも何よりも、私は日本人でアメリカに来るのもアメリカの国内線で飛ぶのも初めてなので分かりません。僕は今、今夜寝るところへたどり着くために必死なのと緊張感で、泣きたいのはこっちなんです。

と言いたかったが英作文が出来なかったので

『She said “Let’s go […]

アメリカ上陸 英語での第一声

 

アメリカへの入国をシアトルのイミグレーションでキャンセルし帰国した1ヶ月後、 今度は大韓航空を使い、ロサンゼルスからなんとか本当にアメリカへ入国できました。 初めてのアメリカ、初めてのカリフォルニア、初めてのロサンゼルス。 無事通関も済ませてターミナルビルの外へ出ました。 乾いた空気を胸いっぱい吸い込み、空を見上げるとターミナルビルとパーキングビルのすき間から見える空は真っ青。 まさに映画に出てくる風景そのものでした。  初めてみるアメリカの風景は さんさんと降り注ぐ太陽の光できらきらと輝いています。 日本では感じられない 『何か』 をすごく感じました。  それが何なのか言葉では表しがたいのですが 心の奥底からふつふつと沸いてくるパワーというかエネルギーというか… しかしそれは確実に存在していると思いました。 「何か出来そう」  自然にそんな言葉が口からでてくる。 その不思議な心地よい感覚を今でもはっきり覚えています。 実はそんな感動に浸ってばかりもいられませんでした。 次は国内線に乗り換えなければなりません。目的地はサンフランシスコだからです。 ロサンゼルスでトランジット、航空会社はユナイテッド・エアライン。 このただっ広いロサンゼルス空港でユナイテッドのチェックインカウンターまでたどり着かなければなりません。 さて、 (どこにあるんだろう? あっちへ行ってみよう!)  と、僕は大きなボストンバッグを引きずりながら歩き始めました。 少し歩くとウェスタン・エアラインのカウンターが目に入りました。 そこでユナイテッド・エアラインのチェックイン・カウンターが何処にあるのか尋ねてみることにしました。 まずは頭の中で英作文。 「Where is United Airline’s check in counter?」  これで通じるはずです。数回声に出して練習もしました。 いざ、本番です。僕のアメリカ上陸後 英語での第一声です。 カウンター内でグランドホステスさん2人がおしゃべりに興じているところへ近づいていき、深呼吸。 そして勇気を振り絞って 尋ねました。 ・・・カウンターのホステスさん二人は顔を見合わせながら 「きゃははははは」 と大笑い。 何故笑われているのか?キョトーンとしていると彼女らが 「Here!」 と床を指さして笑っています。 ??訳がわからない僕は再度頭の中で英作文。 「What did I say?」  すると 「Where is United States […]

初渡米・滞在時間は3時間

 

僕の初渡米は かれこれもう四半世紀前になろうとしています。  僕は幼い頃からパイロットになることが夢でした。 小学校5年生の時にとある空港で開催された航空ショーで轟音とともに華麗に舞った米海軍ブルー・エンジェルスのF4-ファントムの勇姿が “パイロットになる!” と僕の心に刻まれたようです。 高校を卒業後 プロのパイロットを目指しましたが 近眼で断念。その当時、日本では裸眼で一定の基準の視力がないとプロのパイロットへの道は閉ざされていました。 しかし、夢を捨てずにいるとアメリカで自家用操縦士免許取得のチャンスが巡ってきました。 そのチャンスに僕は迷わず単身アメリカへ渡る決意をしました。 留学資金稼ぎのためアルバイトをしていたR社を辞め、新幹線のホームで同僚達に見送られ  イザ、成田へ出発!  そんな時代でした・・ 成田国際空港からシアトル行きのタイ航空で渡米の予定でしたが、成田でボードをチェックすると  なんとスケジュール・キャンセル!?  エンジントラブルでその日シアトル行きは欠航となり、航空会社が用意した成田ビューホテルに一泊することになりました。 成田ビューホテルのエレベーターで ブロンドの美人と一緒になり…. 胸はときめき あれこれ思い巡らしたものの 何も起こるハズも無く 翌朝4時半には航空会社の人のモーニングコールで起こされました。  いよいよ(駅で見送られてから20時間後 ようやく)憧れのアメリカへ飛び立ちました。 その約8時間後  僕はアメリカのシアトル空港に降り立ちました。   「へ~ これがアメリカか~」   時差でボケボケの頭のまま イミグレーションへ。   「え~っと 滞在は1ヶ月って言うんだったよな・・    目的は観光・・    泊まるところはサンフランシスコの知人の家っ・・・と」  飛行機の免許を取るために入国するのですから、本来ならばF-1という学生ビザを取得して入国をしなければならなかったのですが… 実はお世話になった旅行社の教えでB-2の観光ビザで入国しようとしていました。 結論から申しましょう。   イミグレーション・オフィサーに見事に見破られました。   「違う違う」 と言い張ったのもいけなかったのかもしれません。  その入国管理官は  「今 おまえがそこまで言い張るのなら裁判官を連れてくる。それで判決が出る とおまえは強制送還となり今後10年間アメリカに入れなくなる。    しかしここで入国をキャンセルし 国に帰るのならレコードは残らないが ・・・どうする?」と聞かれ   「帰ります!!」 と即答したのでした。(笑) なんと僕は日本から乗ってきたタイ航空の折り返し便で成田に帰ってきたのです。  アメリカ滞在時間3時間   すごくキツイ旅でした。(笑) しかしその時印象に残っているのは 空港のターミナル間を走る地下鉄でした。 とにかくでかいアメリカをまずは少し見てきました。 Max […]