アメリカに教えてもらったこと アーカイブ - ページ 2 / 2 - 航空用品専門店 FLYING GIFT SHOP

アメリカのサービス精神

 

今回のお話は最初に渡米してからかなり月日が経過してからのお話です。 アメリカに住むようになり、僕はとにかく時間があると飛行機であちこちへ飛んで行きました。 ある日 友人との談笑中、ふと  「ラスベガスへ遊びに行こう!」 と言う話になりました。 もちろんエアラインで行くのではなく、軽飛行機を自分達で操縦して行こうということです。 カリフォルニア北部エリアの飛行場はほとんど行き尽くしていた頃ですがサンフランシスコから500マイル近く離れているネバダ州のラスベガスへは、まだ自分で操縦して飛んで行った事はありませんでした。 どうせ行くのなら 「夜景を見よう!」 ということで 暗くなってから出発することになりました。 当日は快晴 エンルートの風も安定しています。 ベイエリアを離陸した我々の操る軽飛行機は順調にフライトを続けました。 ベイエリアを離れ1時間もすると、外界は暗やみの世界です。 ほとんど明かりの無い砂漠の上空、計器を頼りにエンジンの単調な唸りと、たまに入る航空機と管制官とのやり取りをバックグラウンドに2 […]

アメリカ上陸 英語での第一声

 

アメリカへの入国をシアトルのイミグレーションでキャンセルし帰国した1ヶ月後、 今度は大韓航空を使い、ロサンゼルスからなんとか本当にアメリカへ入国できました。 初めてのアメリカ、初めてのカリフォルニア、初めてのロサンゼルス。 無事通関も済ませてターミナルビルの外へ出ました。 乾いた空気を胸いっぱい吸い込み、空を見上げるとターミナルビルとパーキングビルのすき間から見える空は真っ青。 まさに映画に出てくる風景そのものでした。  初めてみるアメリカの風景は さんさんと降り注ぐ太陽の光できらきらと輝いています。 日本では感じられない 『何か』 をすごく感じました。  それが何なのか言葉では表しがたいのですが 心の奥底からふつふつと沸いてくるパワーというかエネルギーというか… しかしそれは確実に存在していると思いました。 「何か出来そう」  自然にそんな言葉が口からでてくる。 その不思議な心地よい感覚を今でもはっきり覚えています。 実はそんな感動に浸ってばかりもいられませんでした。 次は国内線に乗り換えなければなりません。目的地はサンフランシスコだからです。 ロサンゼルスでトランジット、航空会社はユナイテッド・エアライン。 このただっ広いロサンゼルス空港でユナイテッドのチェックインカウンターまでたどり着かなければなりません。 さて、 (どこにあるんだろう? あっちへ行ってみよう!)  と、僕は大きなボストンバッグを引きずりながら歩き始めました。 少し歩くとウェスタン・エアラインのカウンターが目に入りました。 そこでユナイテッド・エアラインのチェックイン・カウンターが何処にあるのか尋ねてみることにしました。 まずは頭の中で英作文。 「Where is United Airline’s check in counter?」  これで通じるはずです。数回声に出して練習もしました。 いざ、本番です。僕のアメリカ上陸後 英語での第一声です。 カウンター内でグランドホステスさん2人がおしゃべりに興じているところへ近づいていき、深呼吸。 そして勇気を振り絞って 尋ねました。 ・・・カウンターのホステスさん二人は顔を見合わせながら 「きゃははははは」 と大笑い。 何故笑われているのか?キョトーンとしていると彼女らが 「Here!」 と床を指さして笑っています。 ??訳がわからない僕は再度頭の中で英作文。 「What did I say?」  すると 「Where is United States […]

初渡米・滞在時間は3時間

 

僕の初渡米は かれこれもう四半世紀前になろうとしています。  僕は幼い頃からパイロットになることが夢でした。 小学校5年生の時にとある空港で開催された航空ショーで轟音とともに華麗に舞った米海軍ブルー・エンジェルスのF4-ファントムの勇姿が “パイロットになる!” と僕の心に刻まれたようです。 高校を卒業後 プロのパイロットを目指しましたが 近眼で断念。その当時、日本では裸眼で一定の基準の視力がないとプロのパイロットへの道は閉ざされていました。 しかし、夢を捨てずにいるとアメリカで自家用操縦士免許取得のチャンスが巡ってきました。 そのチャンスに僕は迷わず単身アメリカへ渡る決意をしました。 留学資金稼ぎのためアルバイトをしていたR社を辞め、新幹線のホームで同僚達に見送られ  イザ、成田へ出発!  そんな時代でした・・ 成田国際空港からシアトル行きのタイ航空で渡米の予定でしたが、成田でボードをチェックすると  なんとスケジュール・キャンセル!?  エンジントラブルでその日シアトル行きは欠航となり、航空会社が用意した成田ビューホテルに一泊することになりました。 成田ビューホテルのエレベーターで ブロンドの美人と一緒になり…. 胸はときめき あれこれ思い巡らしたものの 何も起こるハズも無く 翌朝4時半には航空会社の人のモーニングコールで起こされました。  いよいよ(駅で見送られてから20時間後 ようやく)憧れのアメリカへ飛び立ちました。 その約8時間後  僕はアメリカのシアトル空港に降り立ちました。   「へ~ これがアメリカか~」   時差でボケボケの頭のまま イミグレーションへ。   「え~っと 滞在は1ヶ月って言うんだったよな・・    目的は観光・・    泊まるところはサンフランシスコの知人の家っ・・・と」  飛行機の免許を取るために入国するのですから、本来ならばF-1という学生ビザを取得して入国をしなければならなかったのですが… 実はお世話になった旅行社の教えでB-2の観光ビザで入国しようとしていました。 結論から申しましょう。   イミグレーション・オフィサーに見事に見破られました。   「違う違う」 と言い張ったのもいけなかったのかもしれません。  その入国管理官は  「今 おまえがそこまで言い張るのなら裁判官を連れてくる。それで判決が出る とおまえは強制送還となり今後10年間アメリカに入れなくなる。    しかしここで入国をキャンセルし 国に帰るのならレコードは残らないが ・・・どうする?」と聞かれ   「帰ります!!」 と即答したのでした。(笑) なんと僕は日本から乗ってきたタイ航空の折り返し便で成田に帰ってきたのです。  アメリカ滞在時間3時間   すごくキツイ旅でした。(笑) しかしその時印象に残っているのは 空港のターミナル間を走る地下鉄でした。 とにかくでかいアメリカをまずは少し見てきました。 Max […]